2016年12月18日日曜日

「The opening地球文学」 ~開幕の辞~

  

タイタニック号、1912年4月14日に沈没した船。

「売り文句は、神でも沈めることができない不沈船」
「好景気に沸くアメリカという新世界で一攫千金を狙うものや新しい生活を夢見た人々が乗り込んだ希望の船」
「氷山と衝突し船体が折れて大西洋に沈んだ船」
 1500人以上の人が犠牲になった船」
 「救命ボートの不足」
 「金持ちの救助を優先した疑い」
 「三等船室の死者の割合が多い」
 「船の運航会社はアメリカの金融王JPモルガン一族所有で巨額の保険金が掛けられていた」
 「死を目前に卑怯なふるまいや高貴な行いが行われた船」
「富めるものにも貧しきものにも同時の災い」等々・・・。 

    最新の科学技術の粋を集めた新鋭船の海難事故は、当時の欧米社会のあらゆる人々へ科学に猛進することについて、そして人間の驕りに対して大きな警鐘を鳴らしました。

 それから100年以上の時が経ち、人類の数は爆発的に増大し、科学も宗教も学問も産業も文化も食物も人々の生活もあらゆる変革を遂げました。

 その間 人類「ホモ・サピエンス」という種の行いは、100年の年月を経て変わったでしょうか。

 いいえ100年経とうが数千年経とうがその程度のスパンでは何も変わらないことは歴史と現在が証明しています。

     地球上の動植物を幾度もせん滅することのできる23,000発を超える核弾頭や大量の兵器をため込み、それぞれの正義を振りかざし、遥か以前より戦争やテロを続けています。

「ホモ・サピエンス」という同じ種で、文化・肌の色・宗教・政治・居住地域・言語など生き方・考え方が違うという事やそこに領土の拡大や資源やお金の獲得などなんらかの欲が重なると恐ろしく冷徹に殺戮を繰り返し、悲しみと憎しみの連鎖を拡大し続けています。

    さらにひたすら資源をむさぼりつくすことで
生き物が生存するのに不可欠な水や大地に回復不可能な深刻なダメージを与え、石炭・石油・ガスなどの化石燃料の使用量は増大の一途をたどり、二酸化炭素CO2 年間約330億トンを含む驚愕に値する量の気体化合物が地球の大気中へ放出され続けています。

 この世界のあらゆる生物・資源を手中に収め、この世界のバランスを崩し続けているのです。
 世界が混迷を深めるなか、人々の関心は日々の享楽に向かい、人類が立ち向かうべき厳しい未来に対して無意識に目をそむけているようにもみえます。
 地球を取り巻く環境は大きく様変わりしつつあるというのが全ての方々の意識野にありますが、多くの人々は「自然も科学も未だ人類がコントロールできている」と考えているようです。

 今このとき「ホモ・サピエンス」という種は、地球というとてつもなく繊細で精緻なバランスによって生かされている世界に生きています。
もし、太陽と地球の距離が離れすぎていたり、近すぎていたら生命の生存すら出来ない極北氷原世界や灼熱地獄となったでしょう。
もし、地球が生まれたときの組成のままだったら生命は生まれでることすらありませんでした。
数億年の間にあらゆる生命が芽生え消えていきました。
生命のなかにあらゆる限界が仕組まれているかのようです。

    そして「ホモ・サピエンス」という種の生命には限界はないのでしょうか。

そして同じく地球という星の生命に限りはないのでしょうか。
地球のあらゆる事象が臨界点を示すサインを出していないのでしょうか。

 
将来、「タイタニック」で起きたあらゆる災厄が地球規模で再現されるのでしょうか。
 将来、「ホモ・サピエンス」という種からどんな言葉が発せられるのでしょうか。
 「憎しみ」「渇き」「餓え」「絶望」それとも「愛」「慈しみ」「充足」「歓喜」でしょうか。
 それらあらゆる感情や情念が生じる心のなかの光芒の明滅を追って「我々はどこに向かうのか」を文字として記したいと私は切に願うものです。